「お芝居」を考える
さて、今回は当ブログで幾度となく言っている事、殺陣はお芝居という内容を掘り下げてみる。
下記の記事を読んでもらった方なら、十分理解いただいている事かもしれない。
https://m.amebaownd.com/#/sites/885003/posts/editor/7773988
殺陣はお芝居だ。
これまで見てきた殺陣の動画は「所作」として稽古をしているものが多い。
殺陣は所作ではなく所作を基本としたお芝居だ。
ただ斬りあっているだけでは殺陣とは言えない。
ではどうやってお芝居として昇華させるのか。
・役作りをする
・一手一手の意味を想像し表現する
・相手としっかり掛け合う
・間をうまく演技に活かす
いわゆる普通のお芝居と同様に考える事だ。
「役作りをする」
侍なのか町人なのか、忍者なのか浪人なのか。強いのか弱いのか。
もっと言えば、着流しなのか袴なのか。外なのか屋内なのか。という環境への想像もしなければならない。
そして、殺陣において「どういった感情」で戦っているのか。
「一手一手の意味を想像し表現する」
役作りをベースにして一手一手が台詞だと理解することだ。
刀の達人であれば、相手を軽くあしらえるかもしれないし、無駄のない鋭い所作で一刀両断するかもしれない。
刀を握った素人ならばへっぴり腰で刀を前に突きだしているかもしれないし、斬った時に「驚き」や「恐怖」といった表情がにじみ出るかもしれない。
「相手としっかり掛け合う」
独りよがりの殺陣しかできない人がこれまでの動画では散見される。
理由はともあれ、武器をもって対峙しているのだから、緊迫しているのではないだろうか。
そんな中、斬りかかる相手から目を背ける人はいるだろうか?
答えは100%「NO」だ。お芝居として目線を外す、背中で語る、逃げるためなどの事はあるかもしれないが、無意味に相手を見ない事など無いのだ。
「間をうまく演技に活かす」
殺陣を行っていると、手と手の間で、芯と絡みにそれぞれ長さの違う間が生じる事が多々ある。相手が回転している間の待ち時間、複数人で殺陣をしている際に自分の手が無い時間など大小様々だが、この待ち時間をただ待っているだけでは、芝居が成立していないのと同じだ。どのように動けばただ待っているだけに見えないのかを想像し表現する事だ。
では、いつもの毒舌ように動画を見て考えてみよう。
https://twitter.com/yuki47227570/status/1330721002423156738
いかがだろうか?
お芝居として見ることができただろうか? 答えは100%「NO」だ。
殺陣・アクションとハッシュタグをいれているからアクション殺陣、技斗、現代殺陣といったお芝居なのだろうかと想像しつつ。所作に時代劇感は感じないので、そのように見て行こう。
芯の役作りは殺陣の最初はとても強そうに手をこなしているが、動きはボテボテで強さを感じない。
一手一手の意味は読み取ろうともしていないのだろうと感じる。
相手としっかり掛け合っていないし、間もバラバラだ。
絡み(白マスク)は最初に2度ほど味方に目線をやっている。弱いのだろうか。全体として腰が安定せずモタつき、弱いのだろうが、これは本人の所作自体が経験の少なさを物語っているので、芝居とは評価しがたい。
絡み(黒マスク)は最初に、余裕で斬ってやる感を出している様にも見えるが、その後に芝居はなく完全に独りよがりの動きをしている。これでは芝居にならない。
と結果はお粗末な刀を振り回しただけの動画となっている。
効果音を付けてみて音の大切さを実感したらしいが、その前に無声動画だとしても成立するように自信を磨く事が一番大切だ。
殺陣はパントマイムだと理解しても良い。表情や動きで表現するのだ。
それでは、この立ち回りをどうすれば成立するのか考えてみよう。
この動画の最初の雰囲気がお芝居の正解だと仮定して想像すると、芯は強く最初から絡みを斬る気でこの戦いに臨んでいると仮定する。またヒーローでも達人でもなく腕に自身のある何者かというところ止まりだろうか。
根拠は納刀したまま二人に歩み寄っている事から、勝つ自信があるのではないかと思う。
刀にキレはなくヒーローものや達人にはどうしても成りえない。
絡み(白マスク)はこの中で一番弱く、絡み(黒マスク)の弟分と設定しよう。
絡み(黒マスク)は血気盛んな中堅。この戦いには出てこない親分がこの二人の上にいるのではないか。
根拠は白マスクの最初の目線、兄貴分がどう出るのか気になる感じ。黒マスクのイキった動きが親分には見えない尖り様だからだ。
では殺陣に入ろう。
一手目の袈裟は芯へ斬り込んだ角度と斬った後の動きがバラバラ、本来ならば芯の背中側へ抜けるべきだが、弱いために斬った後にすぐ遠ざかったとしたければ、それが見て分かるように袈裟に斬った後の流れで動画の立ち位置にいくのではなく斬った後、芯を見ながら飛び退くくらいがちょうど良くないだろうか。
そして芯が避けた所へ、すかさず横面を入れるのがセオリーだが、黒マスクは半間遅い。
隙をついて攻撃するから危機感が出るのだ。この半間が原因で危機感はゼロとなる。となると柄で受ける(抜刀する時間がなかったため可及的に柄で受けた)という表現が出来なくなる。これがしっかり出来ていれば、一手目の避けと柄での受けから抑え込みまでで、芯の強さをこの一瞬で表現する事が出来たのだ。
次の抑え込みだが、なぜ抑え込んだのだろうか。という部分が不明瞭だ。抑え込んだ黒マスクの切っ先が白マスクの方に向いている為に白マスクが斬りかかれない状態になる、というのがセオリーだ。芯と白マスクが芝居をしていないので、意味をなさない。
切っ先が向いてないなら芯は抑え込んだ時に白マスクに目で牽制すべきだし、白マスクは芯が黒マスクの刀を柄で受けた時に斬りかかろうとしなければ成立しない。なぜなら芯が柄で受けた時、それは白マスクが斬りかかれるチャンスだからだ。そして兄貴分が抑え込まれたなら斬りかかって助けようという思考がほんの少しでもないだろうか。
ここまで書けば分かるとおり、芯の隙をついて攻撃する事が至極当然だと理解できるだろう。斬り殺そうとしているのに、自分の斬られる可能性の高い時に斬りかかるバカは居ないのだ。
次に黒マスクが押し飛ばされるが、黒マスクは回転するまで芯を見ていない。押し飛ばされた時に背中を斬られるかもしれないと思わないのだろうか。そしてその次の白マスクの手が遅すぎる。芯が黒マスクを斬ってしまうかもしれないと思えば、すぐさま斬りかからないだろうか。芯も黒マスクを斬ろうとしたが白マスクが斬って来たので、白マスクの方を捌いた。とすれば立ち回りが一手一手の点ではなく、線として繋がっていく。
車の「だろう運転」のごとく「だろう殺陣」では何も生まれない。「かもしれない殺陣」を率先して各々が実践すべきだ。
次の芯の動き「跳ね上げながら回転」「受けて落として袈裟」ここも間の悪さが目立つ黒マスクが斬りかかりやすいのは、芯が白マスクを捌いている時ではないだろうか。芯が回転し終わってから斬りかかっては、隙をついているとは言えない。
回転し終わったと同時には芯に受けてもらっていなくては危機感が表現できない。
危機感が表現できないという事は芯の強さが表現できないのと同じだ。危険でない攻撃など誰でも捌けるのだから当然だ。
次の足払いだが、芯から攻撃しているように見える。芯が強い設定であれば、ここは足払いでなく抜き胴ではないか。とするならば、白マスクが芯の背中目がけて斬り込もうとした時に、芯は踵を返して足払い。白マスクは飛んで避けるほかなくなるという表現が真っ当だろう。
その上、白マスクは黒マスクが受けられ捌かれ斬られようとしているのを見ながら何もしていない。仲間ではないのか?と思いたくなる。斬りかかれない状況や心境を作り込むべきだ。
ここで間合いを取って仕切り直しだ。
さて最後まで駆け抜けよう。
次の2手で黒マスクを斬るのだが、この2手以降の捌きで私も迷ったのだが、私の仮定した設定で話を進める。
当て斬り。しかも一間止まって斬っている。
芯は刀を当てた時に白マスクを見ている様にも見えるため芝居としてはセオリー通りだが黒マスクは仲間が斬られようとしているにも関わらず無反応、これが10対1の殺陣だとしたそのような事もあるが、最初から2対1なのだ。仲間がやられる時に何も感じていないとはいかなる神経の持ち主だろうか。ましてや当てて止まって斬ってと、段階を踏んでの芝居だ、白マスクの芝居なくしてこの掛け合いは成立しない。
また、芯はこの手を片手で行っている。ここは両手ですべきところではないか。片手でやるなら、斬るのは首にすべきではないかとも思うが、捌きも片手のためどうしても違和感が残る。
片手と両手とでは、表現においても違いが出て来るので、注意して欲しいところだ。
斬られた黒マスクに芝居を感じない。斬られた自分に酔っている。悔しくないのか、戦意喪失したのか、黒マスクの感情はどこにいったのだろうか。
次の白マスクの真向2回。何の意味もない2手。芯は受けずとも斬られない。もし斬られる距離にいたならば、芯は2回も頭を割られていることになる。
下段くらいで受けているがこの位置が上段なら、まだ成立したかもしれない。
そしてその後の払いだが、芯は回転するほど強く払っているにも関わらず、白マスクは払われた後にひょいと後ろへさがっている余裕さだ。段取りではなく払われた芝居をちゃんと入れよう。
蹴られた時以降も同様にリアクションが薄い。
そして最後刀を腹から抜かれた時に、最後の一刀を振り切るが空振りに終わる。最後としては良い手だと思うが、空振りのあと後ろにさがるのはなぜだろうか?
斬られても最後の一手を振り切るほどの精神の持ち主、もしくは殺したいと思っているのならば、後ろにさがる事無くそのまま前に倒れ込まないだろうか。後ろにさがりたいなら、もう一刀振りかぶろうとして刀を振り上げる際に傷が響いてバランスを崩してさがるなどの芝居を入れるべきところだ。
納刀に必死になり、緊張感も残心も何もない芯の芝居はこの殺陣全てを台無しにする。
最後に、こういう解釈には正解がなく、十人十色だ。書ききれていない事がまだあるがタイミングや顔・目線などを修正するだけでかなりの変化が期待できる。そしてその動き自体が芝居なのだと実感してほしい。
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